内面の在り方と、社会のつながり “見えない影響”に振り回されない思考とハートの取り戻し方

政治意識

こんにちは、この間、憲法改悪⚐( `△´)⚐ ハンタイ!デモに参加してきた、

みことです。

基本的人権が削除されたら、おちおち安心して絵も描けない!

できることをしてきました。

次は5/10に月イチの、大企業への揺さぶりをかける、

消費活動ボイコットに参加します。ᕙ( ‘ω’ )ᕗ

 

まだできることはある。

ブログで情報発信。

みことはXで色々情報を得たけど、それによって心がざわついたよ。

攻撃的な気持ちになったり(꜆꜄•_•)꜆꜄꜆꜄꜆»♡

不安を煽られたり・・・(´・_・`)

感じやすい読者の方が安らかな心でいられるよう

みことはできるだけ平静に書くね。

社会に疑問があるけど、何したらいいか分からない人へ

この記事では、社会に疑問はあるけど、何していいか分からない人へ向けて書くよ。

個人レベルでできることは、まず今起こっているもろもろの状況から目をそらさないことだと思う。

怖いよね。今起こってることに向き合うのは、勇気がいるよね。勇気を出そう。

まずは知る努力をする所から行っていこう!

というわけで、この記事を読んでもらえると嬉しい。

 

アクション①この記事を読む

 

それから自分のハートを平静に保つこと。安らぎで満たすこと。

祈りの言葉で瞑想することをすすめるよ。

 

ハートの瞑想の言葉①オリジナル

私は私のハートを安らぎで満たす

そこは善良なる神に護られし安全な場所

攻撃的な衝動はあなたへの愛と思いやりになって、打ち消され

不安は、公正なる識別力によって、かき消される。

私は私のハートを安らぎで満たし、

義を見て、愛と勇気によって行動し、

それが君に移っていくことを知る。

世界の平和は私の安らいだハートから始まる。

 

 

ハートの瞑想の言葉   静かな内省バージョン

私は静けさの中に身を置く。

私のハートは穏やかで揺らがない。

ここは善きものに守られた領域。

恐れは入り込めず、悪意は力を持たない。

湧き上がる衝動は、理解と慈しみによって整えられ、

迷いは、澄んだ識別力によって晴れていく。

私は真にかなうものを見極め、

愛と勇気をもって選び、行動する。

この安らぎは波のように広がり、

静かに世界へと伝わっていく。

世界の平和は、

今この1点の静寂から始まる。

 

 

ハートの瞑想の言葉    少し力強い意志バージョン

私は私の内に秩序を築く。

私のハートは安らぎと力強さに満ちている。

ここは正しき力に守られた場所。

混乱も攻撃もここでは無力化する。

荒ぶる衝動は愛によって統べられ

不安は明晰な判断によって退けられる。

私は義を見抜き、恐れず選び、

愛と勇気をもって行動する。

そのあり方は他者に影響し、

見えない連鎖として広がっていく。

平和は外に求めるものではなく、

私のハートから生み出すものだ。

私は平和を私のハートから生み出す。

 

 

ハートの瞑想の言葉   祈り寄り神聖表現バージョン

私は内なる静けさに帰る。

このハートは光に満たされている。

善良なる存在の加護のもと、

私は安全で正しく保たれている。

全ての攻撃的な思いは私のハートの内で愛へと変換され、

全ての不安は真実の認識によって解かれる。

私は義に目を開き、

愛と勇気をもって歩む。

この光は私に留まらず、

触れるもの全てへと静かに移っていく。

世界の平和は、

この小さき祈りから始まる。

 

この瞑想の言葉をハートの中で響かせてみて下さい。

コトダマがあなたのハートを守ってくれますように🍀*゜

 

アクション②ハートの瞑想の言葉で瞑想して、ハートを安らぎで満たす

問題提起・今の多くの人々の意識・唯物主義と無関心

現代社会には、ある共通した空気があります。

それは「この世界は物質だけでできている」という前提と

「自分には関係ない」という無関心です。

 

このふたつの考え方は一見別のものに見えますが、

実際には深く結びつき、人々の思考や行動に大きな影響を与えているように見受けられます。

 

原因整理・学校で教わることが全て、ホントにそう思いますか?

まず、唯物的主義的な考え方について整理してみましょう。

この立場では、世界は目に見える物質のみで構成され、

人間もまた肉体という物質的存在に過ぎないとされます。

意識や感情・思考といった働きも、それらは全て脳という物質の働きに還元される。

そして人生は、生まれてから死ぬまでの短い時間に過ぎない。ーーだからこそ、その間に好きなように生きればいい、という結論に至ってるように見えます。

 

この考え方自体はひとつの哲学的立場に過ぎません。

しかし問題は、それが「疑う余地のない常識」として広く受け入れられている点にあります。

学校教育や周囲の価値観・多数派の意見に触れる中で、

人は無意識のうちに「そういうものだ」と思い込んでいきます。

そこに疑問を挟む機会はほとんどありません。

 

一方で、多くの人はこうも感じています。

「たとえ世の中に問題があったとて、自分にはどうにもできない」「関わらないほうが安全だ」と。

この無関心は防御としては理解できるものです。

しかし同時に、それは思考停止の入口にもなります。

関心を持たなければ、調べることも、考えることもなくなり、

結果として既存の価値観や情報に流され続けることになります。

 

解決の視点・疑問・関心を持ち、調べてみよう

重要なのは、「なぜ疑問を持たなくなるか」という点です。

人は周囲と同じ考えを持つことで安心します。

異なる視点を持つことは、不安や摩擦を伴います。

また、情報が溢れる現代では、自分でひとつひとつ検証することが

面倒に感じられ、「誰かが言っているから正しいだろう」と判断を委ねがちになります。

 

人間は本来もっと、能動的な存在です。

自分で感じ、考え、選びとる力を持っています。

その力を手放してしまうと、どのような思想であれ、

外から与えられたものに従うしかなくなります。

 

自分自身に問いかけてみてください。

「自分が今信じていることは、本当に自分で考えた結果なのか?」

「感じている感性や意識・思考は単なる物質の反応だけで説明できるのか?」

 

こうした問いかけは、すぐに答えが出るものではありません。

しかし、問い続けることに意味があります。

疑問を持つことが、思考を取り戻す第1歩だと思うからです。

 

また無関心でいることは、現状を維持する力として働きます。

何も変えないという選択は、既に存在している流れに従うことと同じです。

だからこそ、関心を持つことは価値があります。

たとえ小さなことであっても「なぜそうなっているのか」を考えることは

世界の見え方を変えていきます。

 

具体的アクション・

問いを持つ、調べていく、情報に触れていく際に大切なのは、

恐怖や不安に飲み込まれないことです。

現実に向き合おうとする時、人は少なからず怖さを感じます。

その時は、まず、自分の内側を整えることが必要です。

心を落ち着かせ、自分の感覚を信じられる状態を作る。

いわば「内的な安定」が外の世界を適切に見るための土台となります。

 

アクション○ハートの瞑想の言葉で瞑想して、ハートを安らぎで満たす

 

その上で、学ぶこと、調べること、自分なりに考えることを積み重ねていく。

そうすれば、情報や意見に対して受動的に流されるのではなく、

自分の基準で判断できるようになります。

アクション○今の政治でXで話題になっていることをひとつ調べてみる

例、憲法改正など

アクション○出てきたワードで検索を1回かけてみる

例、基本的人権とはなど

アクション○それらに対して自分が感じたこと、思ったこと、考えたことなどを率直にノートなどに書き記しておく。日付も忘れずに。

例、まだよく分からないけどこわいと思った、など

最後に(一言)

無関心でいる限り、何も見えません。

疑問を持ち、考え始めた時に初めて世界は立体的に見えてくるでしょう。

全てを信じる必要はありません。しかし、何も疑わないままでいる必要もありません。

自分の頭で考え、自分の感覚で確かめる。

その姿勢がこれからの時代に最も重要な力になるのではないでしょうか?

 

無関心はもうやめましょう。

見抜く力を育てるために、学び続けましょう。

 

「今日、ひとつでいいから疑問をもって調べてみてほしいです」

 

それでは皆さんの歩みが、幸運と確かな導きに支えられますように☀️

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。またどこかで。

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